在宅医療

経管栄養と患者さんへの服薬~簡易懸濁法~

 脳血管障害などで口からの栄養摂取ができなくなり、誤嚥性肺炎を繰り返す場合には、おなかの皮膚から胃に管を通して、いわゆる『第二の口』として胃瘻(胃ろう)を造り、そこから栄養剤やくすりの投与を行います。以前は嚥下障害があるときには、中心静脈栄養といって高カロリー輸液を中心静脈から投与していましたが、最近では胃瘻での経管栄養がほとんどです。経管栄養のメリットとしては、胃瘻を通して濃厚流動食を経管投与することにより腸から栄養が吸収されます。腸の内部には細かい絨毛という毛が生えていて、そこから栄養が吸収されると絨毛内部にある免疫細胞が活性化され、免疫力が中心静脈栄養と比べて高まります。中心静脈栄養と比べて経管栄養は患者さんの生存率が劇的に高まります。

 経管栄養を行う在宅患者さんが近年、増えてきています。薬局からは処方せんによりエンシュア・リキッドやラコールなどの濃厚流動食を患者さんのお宅に届けしますが、経管栄養法の知識やチューブなどの器具の消毒・胃瘻からの胃酸や栄養剤の逆流やそれによる胃瘻周囲のスキントラブルなどの知識が必要です。
 
 経管栄養の患者さんへのくすりの投与方法として、簡易懸濁法があります。これは30mL程度のお湯にくすりを錠剤のまま入れて溶解させ、それを注射器で吸い取って胃瘻から投与します。くすりを粉にしてしまうと水に浮かんだ小麦粉のようにくすりが水に溶けずチューブ内に付着して詰まることがあります。以前にもお話ししましたが、くすりが溶けることが重要ですが、すべてのくすりがお湯に溶けるわけではありません。薬局では患者さんに処方されているくすりが溶けるかどうかを常に注意し、溶けない場合には医師に連絡し、お湯に溶ける代替薬に変更していただくこともあります。また、患者さんは栄養剤しか摂取しないため、1日の塩分量の不足にも注意が必要です。濃厚流動食だけでは塩分が足りない場合が多いので、塩水も注入することがあります。

 このように在宅医療では普段の薬局での患者さんへの対応とは全く異なった知識が必要になります。一人の患者さんに対して栄養士さんが必要カロリーや塩分量を計算し、訪問看護師さんは入浴の介助や点滴・傷の手当てを、薬剤師は簡易懸濁法に適した薬剤の選択をチーム医療として行っています。このように、在宅医療はひとりの患者さんに対し、様々な職種のスタッフとの連携が重要になります。

患者さんを中心とした医療 ~患者さんの満足を求めて~

私が在宅での薬剤管理指導のため患者さん宅を訪問するようになってはや10年、様々な患者さんがおられます。在宅開始当初から現在まで訪問させていただいているお宅あり、在宅指導とはその患者さんが薬を飲まなくてもよくなるまで続きます。

薬局内でカウンター越しに調剤された薬について服薬指導することがこれまでの薬剤師としての主な仕事でした。しかし、カウンターで薬を渡すだけでは安全性が確保されたとはいえません。また、核家族化が進み、病院までの公共交通手段がなく病院まで通院することができない、あるいは歩くことができない患者さんもおられます。

「患者さん(あるいはその家族)がその薬の作用を本当に理解して頂けているのか」、「きちんと用法を守って服用できているのか、 もし飲み忘れがあるときは、その原因は何か」 、を その患者さんの生活の場の中まで踏み込んで指導し 、きちんと薬物療法をしていただくことが 「在宅薬剤訪問指導」の目的だと考えます。

必要な時には医師・看護師・栄養士などの他の医療従事者との連携が必要なこともあります。

ここまでの話では訪問薬剤管理指導というのは堅苦しいものだと思われてしまいそうですが、実際には生活に関連した相談が多く、患者さんの生活 パターンと服薬とを関連づけて指導し、患者さんの疑問を解決することに多くの時間を費やします。

患者さんからの相談には時間に制限がありません。
在宅で患者さんから受ける相談の多くは不眠・便秘・失禁・皮膚疾患(かゆみ)で、患者さんからしてみれば薬局のカウンターで相談しづらいものが多いことに気づきます。

お互いに打ち解けてくると「医師には内緒だけれど…」と言われる事もあります(当然、そのことが治療の弊害と考えられるときは医師には報告しますが…)。

患者さんの疑問を解決し、その回答に患者さんが満足していただき、薬物治療がきちんと行われていると感じることができる時こそ、薬剤師としての充実感を味 わうことができるのです。

患者さん宅から帰るマスカット号(在宅訪問用自動車)の車窓から新緑の心地よい風を感じながら…。(つづく)

在宅医療と薬物治療 ~コンプライアンス向上のための支援~

在宅医療においては患者さんのご自宅での薬物治療が中心となり、コンプライアンスの向上が大変重要になってきます。

高齢者への服薬指導では、患者さんとのコミュニケーションがコンプライアンスの“カギ”になるといっても過言ではありません。

そのため、まずは十分に時間を取って患者さんの話をよく聴くことが大切です。

患者さんとの信頼関係が築けないと、薬が飲めているのか、なぜ薬が飲めないのか、本当のところを聞き出すことができません。

患者さんとの会話の中から飲み忘れの原因を見つけ出し、対策を患者さんと一緒に考えることも私たちの仕事です。

一般的に、多くの薬剤が処方されている場合の飲み忘れには一包化(服用時間ごとに薬を分包)が有効ですが、それでも飲み忘れ、飲み間違いをしてしまう患者さんは少なくありません。

そこで、一包化にちょっとした工夫を加えて確実に飲んでいただけるようにしています。一つは分包紙に服用時点を書く方法です。最近の自動分包機では、患者さんの名前や服用時間を印字できますが、高齢者には文字が小さく読みにくいことがあります。そのような場合は、太めのマジックで大きく書いて、さらに、朝・昼・夕で色分けの線をひいて目立たせると効果的です。

また、飲んだかどうかがわからなくなる患者さんには、分包紙に日付や曜日を書き込んだり、“お薬カレンダー”という1週間単位で朝・昼・夕・寝る前と書いた大きな表を作り、そこに分包したお薬をテープで貼ったりしてお渡ししています。

このカレンダーをベッドサイドや目に付くところに掛けておけば、飲み忘れが一目瞭然です。

このようなサービスはあくまでも私たちのサポートが必要な患者さん向けです。

あまり早期から介入しすぎると、かえって患者さんの自立を妨げることにもなりかねません。
患者さんそれぞれが置かれた状況は異なっています。

患者さんの話を聴き・対策を考え・実行することによるコンプライアンスの向上…それが私たちの仕事です。

在宅で寝たきりの患者さんでは、嚥下機能が低下し、錠剤・カプセルなどが飲みにくくなる場合があります。

次回は薬の服用が困難な場合の工夫についてお話しいたします。

くすりの服用が困難な時の飲み方は?割る・つぶす・溶かす?

~薬の特性に合わせた飲み方・使い方を選択・提案する、それも私たち薬剤師の仕事です~

 お薬を飲むとき、皆さんはどのように飲んでいますか?錠剤・カプセル・粉薬を口に入れ、お水か白湯(時にはお茶)で飲んでいると思います。オブラートを使用することもあるでしょう。医師は乳幼児・小児の場合はできるだけ液体のシロップ剤を処方したり、抗生物質などの粉薬は少量の水に溶かして飲ませたりします。

在宅医療に限らず外来通院の高齢者の場合でも、錠剤をつぶして粉にしたり、カプセルをはずして中身だけを取り出したりして服用することもあります。飲み込む力が低下した患者さんの場合は、口から摂取した食事や薬が食道ではなく気管に入って誤嚥性肺炎を起こす場合もあります。このような場合には、胃に直接栄養チューブを挿入して栄養剤や薬を投与します。

お薬の特性に合わせた飲み方・使い方ご存知ないかもしれませんが、全ての薬にシロップ剤や粉薬が存在するわけではありませんし、薬によっては錠剤やカプセルの表面にコーティング(皮膜)という特殊処理が施されています。この処理を行うことによって、薬の苦味や刺激を抑えて胃腸障害などの副作用を防止したり、光にあたると成分が分解する薬を安定化させたり、徐々に溶けて薬が長時間効くようにするなど様々な利点があります。

1日1回服用で効果が長時間続くようにコーティングされた薬を粉にしてしまった場合、早く溶けすぎて薬が効きすぎたりすることもあります。胃腸障害など副作用防止のためにコーティングされた薬を粉にした場合は胃腸障害が起こります。

特にチューブを使った経管栄養の患者さんの場合、むやみに錠剤を粉にしたりカプセルをはずしたりして水に溶かして投与してしまうと栄養チューブが詰まる危険性があります。このようなことが起こると、場合によっては経管チューブの交換が必要になることもあります。粉にした薬は全てが水に溶けるわけではありません。これは天ぷらの衣をつくる場合に水に小麦粉を入れた時、塊ができるのと同じです。
このような場合は薬をつぶすことなく、55℃の少量のお湯に薬をそのまま入れて10分間放置することによってきれいに溶解させる方法(簡易懸濁法)があります。この方法に適した薬剤かどうかをチェックするのも私たちの仕事です。

在宅医療における医療機関との連携~在宅カンファレンスへの参加~

「在宅カンファレンス」とは?
 病院での入院治療・リハビリにより病状が回復・安定した患者さんは退院して自宅での療養・通院での治療を継続します。通院が困難な場合は医師の往診や訪問看護・訪問リハビリ・施設でのデイ・サービス・ヘルパーサービスの利用など、居宅サービスを複数利用される場合が多くなります。

在宅医療では、患者さんを中心にその患者さんが自宅でその患者さんらしい生活ができるように、いろいろな医療スタッフがひとつのチームになってサポートする体制が重要になります。そのサポート体制を円滑に機能させるためには患者さんの病状変化・自宅生活での問題点・悩みなどの情報を全てのスタッフが共有し、専門分野の異なったスタッフのさまざまな視点からの意見を交換し、解決策を検討することが必要不可欠です。この患者さんの情報共有の場が「在宅カンファレンス」です。

在宅カンファレンスでは退院される患者さんの入院中の容態やリハビリの経過・ケアプランの共有・自宅療養において予想される問題点を洗い出すため、毎週1回月曜日にカンファレンスを行っております。在宅療養中の患者さんの病状の悪化の報告を行うことで、病状の悪化を早い段階で防ぐことができるようにもなります。

近隣の医療機関からのお誘いがあり、当薬局の薬剤師もこの在宅カンファレンスに参加させていただくようになりました。患者さんの家に薬を持って訪問し、薬の服用状況や使用方法の説明に行かせていただくようになって10年が経過しようとしています。

在宅カンファレンスがなかった頃には、患者さん本人や家族からの情報しかなく、薬の飲み忘れがあった場合でもその本当の原因をなかなか深く追求することができませんでした。

在宅カンファレンスでは患者さんの嚥下(飲み込む)状態・薬の投与経路などのより詳しい情報が得られ、薬を作る時にはそれらを考慮して患者さんがきちんと飲めるように作り方を変更することもあります。医師からは、「臨床の事が良く分かる、相談できる薬剤師が出席してくれて感謝している」と言われます。

様々な専門スタッフがいろいろな角度から患者さんの在宅療養をサポートし、生活の質(QOL)を少しでも向上させるための情報交換の場が「在宅カンファレンス」なのです。

薬局薬剤師の業務は薬局内での調剤だけではなく、薬局の外へと広がってきています。