生き残りをかけて、より趣味性の高い店へ〈文京堂〉

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最近手紙を書いていますか? 今回ご紹介するのは「手紙と小さな贈り物」をコンセプトに掲げる文具店。創業76年と長い歴史を持ち、2019年のリニューアル後は、この手書き離れの時代に、北海道や沖縄、台湾や韓国からもお客さんが訪れるという。
文京堂の猪塚(いづか)真さん文子(あやこ)さんご夫妻にお話を伺った。
「ガラスペンは、日本の伝統工芸品です」と、文子さんに聞いた時は驚いた。てっきり欧米の洒落た文化だと思っていたからだ。調べてみると、ガラスペンは明治時代に風鈴職人が開発したもの。毛細管現象を利用したつけペンで、筆の穂先状のガラスの側面に溝があり、インクを補充することで筆記ができる。万年筆とは違い、インクを替える時は水でペン先のインクを洗い流すだけ。文京堂限定の万年筆やガラスペン、オリジナルインクなどを求めて、今や遠方からお客さんが訪れる。でも、そうなったのはここ数年のこと。
文京堂は、真さんの祖母が、戦後、東洋大学前に創業した。基本は、ファイルやクリップ、マーカーなど日常的に必要なものを扱う文具店でありつつ、万年筆が飛ぶように売れた(大学生が万年筆でノートを取っていた)時代や、(論文などの)複写や印刷が大変儲かった時代、フジカラーの看板を出して写真の受付をしていた時代と、いけそうだとあらば、どんどん形を変えて生き残りをかけてやってきた。大学生の頃から家業を手伝い、その変遷を見てきた真さんはリニューアルする前、現状に危機感を感じていたという。事務用品はメーカー直販に取って代わられ、「100円均一は、品揃えが豊富で品質も良く愕然とします。だから、お店として何かしら特徴を出さないと生き残れないと思っていました」。そこで、店舗を一新して、地域のニーズに応えつつも「より趣味性の高い」お店にすることに決めた。コロナ禍になり、大学が休みになったことも拍車をかけた。商売を大学に頼っていてはダメで、もっとオリジナルなものを増やし、わざわざ足を運びたくなるお店になるにはどうしたらいいかと考えた。
まずは店舗のこと。木を基調としたのは、「鉛筆も木でできていますし、木の香りがする落ち着く空間で文房具を選んでいただきたかった」のと、形も色も様々な文具を引き立たせる背景にしたかったため。
一番のお気に入りはファサード。狭い間口の入り口部分を少し引っ込めることで奥行きが生まれ、雨宿りもできる空間が生まれた。また、建具屋さんの技が光る見事な大小の木枠が実に良い。壁はベニヤ板にダークブラウンの塗料を施し、極力仕切りは作らず、小窓を入れるなどして風や光が抜ける感じを残した。
文具の陳列は、メーカーの什器が嵩張り、主張が強いのが悩みの種だが、お店の匙加減でうまく出し引きしている。また、パッケージ入りのハサミはそのまま吊るさず、パッケージから出してペン立てに立てる工夫で飛ぶように売れたことから、売るための物の見せ方を考え、お客さんが納得して買えるよう、ほぼ全てのサンプルを置き、アフターケアにも柔軟に対応する。

リニューアル当時はまだガラスペンやインクの扱いはなかったが、もともと万年筆好きな文子さんのアンテナがブームに反応した。ありふれた原色ではなく、ニュアンスのある色のインクを探していたところ、新進気鋭のメーカー「Tono&Lims(とのあんどりむず)」に出合い、「どうせならオリジナルインクを」との提案を受け、グレーベースにピンクのラメを散りばめた「春嶺(しゅんれい)」を始めとする四季の4色を出すと人気が沸騰した。以来、毎年オリジナルインクを発表している。「Tono&Limsさんのインクは、書いていると微妙に分離して複雑な色味を帯びてくるんですよ」と真さん。試筆コーナーの壁一面にインクボトルが並び、ワクワクして色の世界に溺れそうだ。さらに、人気の先生によるカリグラフィー講座や、カード作りなどのワークショップを開催し愛好家を増やしている。
「手紙と小さな贈り物」というコンセプトは、「手書きの手紙は印刷と違って気持ちが伝わり、もらって嬉しいもの。それを大事にしたい」という思いからだった。手紙に添えるものとして、デパートで買うような大げさな物ではなく、その人なりの細やかな気持ちが込められる、お茶やハンカチ、アクセサリーなどをセレクト。サイズも価格も大きすぎないのがいい。近所のおばあちゃんの「池袋とかまでは行けないけど、何かを人にあげたいのよ」という思いを叶えてきた。
インクブームが落ち着きつつある今、通販など次の業態を考え中だ。同時に、子どもたちに書くことを楽しんでもらう何かができないかと頭を悩ませる。墨を使う書道も良いが、インクはカラフルで楽しい。紙とペン先が擦れ合う感触や、インクが滲む感覚は、タブレットの画面では味わえない。チープな情報の氾濫で疲労するのではなく、五感を大事にして、本物の情報で脳を喜ばせて欲しいと、猪塚さん夫妻は願っている。
(写真と文 篠田英美)

文京堂

東京都文京区本駒込1丁目10-4
電話/03-3941-4508
営業時間/火〜金:10:00~19:30 土:10:00~19:00 日:13:00~19:00
定休日/月・祝