何かを残していくために、何を変えるか〈大和屋履物店〉

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神田神保町に「角の下駄屋」と地元に愛されてきたお店がある。お祭りの時には集会所になり、老いも若きも粋に陽気に日常を吹き飛ばす。粋で陽気といえば、カランコロンと響く下駄の音。今回は約140年続く大和屋履物店の5代目店主、船曵竜平さんにお話を伺った。
船曵さんにとって、お店は奥さまのご実家。2021年5月に新装開店したが、その1年半前の2019年暮れに義母(4代目)とおばで染色作家の小倉充子さんと忘年会をした時はまだ大手生命保険会社のサラリーマンだった。

忘年会で話がお店の今後に及ぶと「次のステップに進みたいけど、私たちだけではね」とのこと。そのうちに「一緒にやりましょう」となった。その場の勢いのようにも聞こえるが、船曵さんは自他共に認める「ハイパーロジカル思考」の持ち主。理詰めで考えた上でのことであり、義母もおばもいたって冷静だった。

まずはお店の改装が必須。でも翌夏の東京オリンピックに向けて工務店はどこも大忙しだろうと、改装を2021年春に定めた。それまでの期間は、90歳になる3代目も含め、全員でどんなお店にしたいかを話し合うことに。この時にはまだ、新型コロナウイルスが世界的大流行になり、オリンピックが延期されることは知る由もなかった。

当時、船曵さんは入社6年目だったが、「一緒にやる」と決めた時点で、新装開店時には会社を退職することにした。サラリーマンを辞めて下駄屋になることに多くの人が反対したが、状況を客観視した時に、辞めることのリスクはそこまで感じられず、それよりも「お店が新たに動き出す歯車をしっかり回すところまでは、どっぷり浸からないといけない」と思った。かといって、今後ずっと下駄屋でいなくてはとも思っていない。お店が回り始めて自分の人件費をカットすることがお店のプラスになるなら、自分の今後はどうにでもなる。実に軽やか。

船曵さんのサラリーマン時代の話を少し。入社3年目に高知支社の仕事と四万十支部長を兼務した。支部長は保険のセールスをする30代から60代の5人の女性のまとめ役。自分は固定給だがセールスは歩合制のため、自身のアドバイスが彼女らのお給料に直接影響する。意思決定はロジカルに、だけどロジカル思考だけでは人は動かないから、人が納得するように感情論も大事だということを痛感した。実は船曵さん、元々は感情論で動くタイプだという。話は遡るが、漠然と将来を考え始めた頃、お笑い芸人やクリエイティブな仕事を夢見ていた。でも大人たちのアドバイスで意志が揺らいだ。振り返ると根拠のないアドバイスだったと思う。その経験から、根拠のないアドバイスは決してしないと決めている。

物事が「絶対にうまくいく法則はないのですが、失敗する条件が3つあります」と船曵さん。それは「情報不足、思い込み、慢心」。どれかひとつがあっても失敗するし、3つは密に絡み合っている。船曵さんはこれらを回避するために、仕事の時は感情を殺して情報を集め、成功しても必ずフィードバックをする。成功は偶然の可能性もある。次もうまくいくために、うまくいった要因を見つけておく。高知での実績が認められ本社に戻ると、全国の支部長を教育する組織の立ち上げメンバーに抜擢された。
さて、2020年の東京オリンピックは延期。大和屋履物店ではビジョンが固まった。3代目は「下駄屋として残ってほしい」、4代目は「人が集まる場所でありたい」「お店が神保町を知るきっかけになり、日本の有形無形の文化が次世代に残っていく一助にもなれたら」というもの。そしてコンセプトは「文化をつなぐ店」に決めた。

かくして、半分が店舗、半分はギャラリーとして機能するお店ができた。下駄が好きで来店したお客さんが、ギャラリーにある手拭いや浴衣地に触れたり、イベントに参加したり、またその逆もあり、という相乗効果を狙う。
商品は絞った。お客さまのニーズに応えたい気持ちはあるが、コンセプトがブレるからだ。下駄台は信頼する2人の職人のもののみを扱う。ニッチな刺繍や柄が印象的な花緒は、小倉充子さんの人脈でアーティストに制作を依頼している。陳列は情報過多にならないようにゆったりと。かつては隣の角の下駄屋と、あちらが10個積めばこちらは12個と、積む積む合戦を繰り広げていた3代目は「もっと積まなきゃダメだよ〜」と言うが、そこは笑って受け流す。

「何かを残していくために、何を変えたらいいかを見極めていかなければ」と船曵さん。ここには残したい情緒があり、文化があり、町との関係がある。それは現状維持では守れなかった。だから絶対に譲れないものだけを残して舵を切った。コロナ禍の閉ざされた時間も、日本のお客さんにしっかりと向き合い、お店の軸を定め、次のステップとして海外のお客さんを迎えるなどの準備ができた良い時間だったという。

昨夏、ここで郡上踊り体験会が催された。プロの歌い手が盛り上げ、切子燈籠の下、下駄を履き浴衣姿の人たちが輪になって踊り続けたという。その光景が目に浮かぶようだ。心から楽しい、心から好き、という人の心がきっと文化を受け継いでいくのだろう。
(写真と文 篠田英美)

大和屋履物店

東京都千代田区神田神保町3-2-1 サンライトビル1階
電話/03-3262-1357 営業時間/11:00~19:00 定休日/日曜祝日