ここにこそ、ふさわしいカフェを〈BUNDAN COFFEE & BEER〉
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「雨が土砂降りだ。いい気味だ。もっと降れ、もっと降れ、花がみんな散ってしまうといい。」(林芙美子『放浪記』より)
雨が降っている。駒場東大前駅から東京都立駒場公園に向かう。旧前田侯爵邸洋館(旧加賀藩主、前田家16代当主の住居として昭和3年〜5年にかけて建設された邸宅)の前庭は雨でぬかるんでいる。ありし日に馬が駆けたというその庭を横切り、日本近代文学館(以下、文学館)へ。今回ご紹介するのは文学館の1階にある「BUNDAN」カフェ。このお店作りを「文学への恩返し」と言う草彅(くさなぎ)洋平さんにお話を伺った。
雨が降っている。駒場東大前駅から東京都立駒場公園に向かう。旧前田侯爵邸洋館(旧加賀藩主、前田家16代当主の住居として昭和3年〜5年にかけて建設された邸宅)の前庭は雨でぬかるんでいる。ありし日に馬が駆けたというその庭を横切り、日本近代文学館(以下、文学館)へ。今回ご紹介するのは文学館の1階にある「BUNDAN」カフェ。このお店作りを「文学への恩返し」と言う草彅(くさなぎ)洋平さんにお話を伺った。
テラス席からは雨を浴びて青々と枝葉を伸ばし空に届きそうな木々の連なり、しか見えない。「東京とは思えない素晴らしい立地ですよね」と草彅さん。まさにここには場所も時間も超越したような雰囲気がある。BUNDANのある文学館は公益財団法人。つまり、国や都に所属せず、公益事業を行う民間組織で、資料の寄贈や寄付、言い換えれば、人々の文学への愛によって成り立っている。そんな文学館に、壁一面の本棚や棚という棚に草彅さんの蔵書約2万冊がぎっしりと並ぶBUNDANはしっくりとくる。
草彅さんと文学の出会いは20代。早稲田大学第二文学部の夜間授業に潜り込んだ。今でも「日本で一番の書き手」だと思っている荒川洋治先生との「人生を狂わす」出会いだった。それから一日4冊を目標に本を読み始めた。そして「読書の量で人との会話が違ってくる」ことを実感。自分を形成してくれた文学のために何かしたいと熱烈に思っていたところに、文学館1階のこの場所が空室となり文学館の人が困っていると聞き、「僕やります」と手を挙げた。
わざわざこういう場所を目指して来る「心ある人」を迎えるのは、「ピザ屋やカレー屋じゃない」と思った。来館するお客様は文学に親しんでいる方であろう。そんな彼らの文学愛に応えるためのメニューを考えた。例えば、「タングシチュウ(Tongue Stew)」は太宰治の『女人訓戒』に登場する料理。女性による「動物との肉体交流」について考察した短編小説で、太宰は、英語の発音を良くしようと週に2回タングシチュウを食べる英学塾の女生徒のエピソードを挙げる。食べればLの発音が良くなるという。お試しあれ。他にも小説やエッセーを参照したメニューを考案。そこから本を読んだり、文学館の展示に興味を持ったりしてもらえるような逆転現象も狙った。本は読まないけれど、BUNDANがあるから文学館に行ってみようという人が増えたらなお嬉しい。
草彅さんと文学の出会いは20代。早稲田大学第二文学部の夜間授業に潜り込んだ。今でも「日本で一番の書き手」だと思っている荒川洋治先生との「人生を狂わす」出会いだった。それから一日4冊を目標に本を読み始めた。そして「読書の量で人との会話が違ってくる」ことを実感。自分を形成してくれた文学のために何かしたいと熱烈に思っていたところに、文学館1階のこの場所が空室となり文学館の人が困っていると聞き、「僕やります」と手を挙げた。
わざわざこういう場所を目指して来る「心ある人」を迎えるのは、「ピザ屋やカレー屋じゃない」と思った。来館するお客様は文学に親しんでいる方であろう。そんな彼らの文学愛に応えるためのメニューを考えた。例えば、「タングシチュウ(Tongue Stew)」は太宰治の『女人訓戒』に登場する料理。女性による「動物との肉体交流」について考察した短編小説で、太宰は、英語の発音を良くしようと週に2回タングシチュウを食べる英学塾の女生徒のエピソードを挙げる。食べればLの発音が良くなるという。お試しあれ。他にも小説やエッセーを参照したメニューを考案。そこから本を読んだり、文学館の展示に興味を持ったりしてもらえるような逆転現象も狙った。本は読まないけれど、BUNDANがあるから文学館に行ってみようという人が増えたらなお嬉しい。
「文学への恩返し」には、本棚いっぱいの本の存在ももちろん一役買っている。ここに座り、本に囲まれているだけでしみじみと本はいいなあと思えてくる。草彅さんは(開店の2012年)当時、流行っていたお洒落なブックカフェに行っては「お前の文学は何なんだ」と心の中で問いかけたという。文学性が見えてこなかったのだ。そんな草彅さんはBUNDANの壁いっぱいに誂(しつら)えた本棚で「自分の文学像が表現できる」と思った。草彅さんの文学の地図はこんな風に広がる。人が素通りするような知られざる作家が好きで、例えば、文学全集に名前が載るような太宰や谷崎ではなく、太宰なら彼が敬愛した豊島与志雄、谷崎なら弟の谷崎精二、井伏鱒二なら弟子の小沼丹、と伝記や評論に出てきた名前を辿っては読んでいく、その繰り返し。有名じゃないけれど良い作家がどんなに多いことか。
お店作りには、街全体の魅力を発揮できるかどうかも考える。駒場東大前駅周辺は東大駒場キャンパスが広がる文京地区で、街全体に趣を感じる。文学館の近くには、日本民藝館があり、この二つを同時に巡る方も多いという。本質を大事にする草彅さんとBUNDAN、そしてこの街は一つなぎに感じられる。草彅さんは最近「日本サウナ史」を私家版で出版した。サウナブームの火付け役でもある自身が、「ブームとは名ばかりに大量消費し、きちんと調べもせず適当なデマばかり発信している」、サウナに愛のない人たちに対して、真のサウナ愛を提示した本だ。調査は温浴史からスポーツ、文学、風俗まで多岐にわたり、「ノンジャンルで濫読する在野の」自分だから書けたという。
日本では、文学は実学ではないとされ肩身が狭い。一方、世界では日本文学の評価が高まっているという。それに比例するように、今やBUNDANはインスタで爆発的に認知が広がり、世界からここを目指して日本文学を愛する人たちが訪れる。文学への恩返しは続く。
さて、雨が止む気配はない。「雨が降ってきたからって走ることはない。走ったって、先も雨だ。」(司馬遼太郎『竜馬がゆく』より。坂本竜馬のセリフ)
日本では、文学は実学ではないとされ肩身が狭い。一方、世界では日本文学の評価が高まっているという。それに比例するように、今やBUNDANはインスタで爆発的に認知が広がり、世界からここを目指して日本文学を愛する人たちが訪れる。文学への恩返しは続く。
さて、雨が止む気配はない。「雨が降ってきたからって走ることはない。走ったって、先も雨だ。」(司馬遼太郎『竜馬がゆく』より。坂本竜馬のセリフ)
(写真と文 篠田英美)