デッキにて

その日の新幹線は、連休中とあって、いつになく混雑していた。自由席に座れない方も多く出ていたようだ。
通路側の席に座り、指定席を取っておいて良かったと胸を撫で下ろす。
じきに車掌が回ってきて、切符の確認をして去っていった。
その直後、通路を挟んで斜め前に座っていたスーツを着た男性が席を立った。何気ない動作に、トイレかタバコでも吸いにいくのだろうと背中を見送る。
と、どうだろう。
しばらくすると、男性は老女と一緒に元の席に戻ってきて、「こちらです、どうぞ。」と老女に座るように促した。老女は、「ご親切にありがとうございます。」と言って着席した。男性は、自分の荷物をまとめて、デッキへと歩いていき、その後は立って乗車していた。

私も含め、周りの者は、しばらく状況がつかめずにそのやり取りを眺めていた。が、皆、彼が自分の指定席をデッキで立っていた老女に譲ったというすばらしい行為をしたことを理解できただろう。
彼は、トイレに立ったときにその老女を見かけたのかもしれないが、もっと以前から気にかけていたのではないかと私は思った。
というのも、岡山駅を発った直後に、その老女が「ここは自由席じゃないのかねぇ。」と独り言を言いながら車両に入ってきて、満員の様子をみてまたすぐ引き返していたからだ。
私は、一瞬その老女のことが気になったが、すぐに忘れてしまっていた。
彼には、その老女の言葉と、扉越しに立っている姿が見えていたのかもしれない。そして、車掌が来た後なら、席を替わっても安心して老女も座れると考えたのではないかと想像をめぐらせてみた。
ある青年の優しさと、行動に移すことの出来る勇気に感動した出来事だった。
なかなか、心では思っていても行動に移せない人も多いだろう。私もそのうちの一人だ。しかし、彼からもらった胸の温もりと勇気で、自分も困っている、気にかかる人がいたときには次の行動に踏み出せそうな気がする。一緒に居合わせた人々の中にも、同じように感じている人もいるかもしれない。
デッキにて生まれた優しさが、ずうっと連鎖していくような気がした。