19時からの男

車での通勤途中に、毎日チェックするワンコの柴。
『峠の柴やん』、又の名を『19時からの男』と主人と勝手に呼んでいる。
なぜ、19時からの男とのあだ名が付いているかというと、19時以降でないと、その柴犬を見ることが出来ないからだ。
18時57分に通ったときには姿が見えず、あくる日19時5分に通りかかったときにはちゃんとそこに居た。
さすが19時からの男だけある。
朝にもお昼間にも見ることは出来ないけど、19時になると必ず外のハウスのところに繋がれているのがいつも不思議だった。

昨日は、薬局を出たのがいつもより少し遅く19時15分を回っていた。
当然、19時からの男は居るだろうね、と主人と話しながら車を走らせていたが、なぜか峠の柴やんは不在だった。
「あれ?めずらしいなあ。どうしたのかな?」
と言って、パッと前方を見ると、山の麓に続く脇道から出てきた軽トラックの荷台に、なんと峠の柴やんが乗っていた。
なるほど、峠の柴やんは、いつもお父さんに付いて日中は畑にお仕事に行っているのだな。
そして、19時に帰ってきて、今度はお家の番をしていたのだと、ようやく謎が解けた。
恐らく、昨日は前日の雨のせいで、お父さんの仕事が押して19時をこえたのだろうな。
毎日、お父さんと一緒に軽トラで畑へ行き、お昼は仕事をするお父さんのそばで過ごして、晩にまた一緒にお家に帰る。
そんな柴やんの一日を想像して、幸せな気分になった。

こんな平和な生活が、きっと原発事故前の福島にもあったのだろう。
原発さえなければ、ずっと続くはずだった平和な時間。
そこに根ざして生きてきた人達から、生活の全てを奪った。
あまりにも多すぎる動物達の犠牲。
美しい空気や水、自然の汚染。
普通の人が立ち入りを許されない土地が日本にできてしまったなんて。
一度事故が起これば、人の手ではどうにも制御することも出来ず、汚染が大気へ海水へ乗ってただただ広がるばかり。
そんな厄介なもの、もういらない。
原発で故郷を追われた福島の人たちに、穏やかな時間を返してあげてよ。